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■映画「トロイ」考察■

映画「トロイ」のカテゴリ別裏総括

■戦争が描けていない■War(戦争)Action(アクション)Adventure(冒険)

「トロイ」は大作映画です。しかしこの映画は「金をかけているところを見ろ!かっこいいだろ?」という作品ではありません。確かにトロイの城壁はそびえたってないと納得がいかないし、五万人と二万五千人の戦いなんて数十人のエキストラではなし得ないからお金もかかる。でもこの作品はトロイの城壁が高いことが重要ではないし、七万五千人の戦士がかっこよく戦っているのを楽しむ映画でもない。

七万五千人の戦士が塵芥のごとく虚しく死ぬさまを描き、高くそびえたつトロイの城壁がただ一人の男(オデッセウス)の策略の前には何の意味も持たないことを描いている。私はそう取りました。

戦争を賛美もしなければ、死の悲惨さを強調もしない。殺し合いが淡々と映し出されることによって、この状況が当たり前である場が戦争なんだと思い知らされる。戦争のもっとも悲惨で恐ろしいところは、この残酷な状態が普通であるというレベルに来てしまうことだと思うので、この映画を見ると本当にゾッとする。

■戦争の大儀

「トロイ」を観た後で、ある漫画を読んで改めて気が付いたことがあります。(略奪)戦争に赴く夫を送り出す妻に対して、部外者として来訪した主人公が「夫が戦場で死んだら悲しくないのか」のかとききます。その答えがこれです。

「そりゃあ悲しいよ。とてもとても悲しいよ。でももしも夫が自然死を待つ身になって、毎日を嘆きながら生きることになったら、もっと辛いよ。あたしは夫を愛している。だから夫が望む死を遂げられれば一番だと、心から願っているよ」
これを読んだ時に、妙に納得しました。妻は夫が戦で死ぬことに何の意味も感じていない。権力や名声、誇りというものに何の魅力も感じていない。意義も感じていない。
ただ、夫や恋人がそれを望むから(仕方がない)という無理やりに近い感情のこじつけで納得しているふりするのだなと。

この作品は様々な価値観から戦争を観ています。権力の為のアガメムノン、名誉の為のメネラウス。名声の為のアキレス、国の為のヘクトル。そして愛の為のパリス。
この作品はどの理由に対しても常に誰かが「下らない」と評価します。

権力はアキレスが終始アガメムノンを馬鹿にする。
名誉もアキレスは「単にギリシア人男が妻を奪われただけだ」と笑い、兄のアガメムノンですら「弟の妻は愚かだと思っていたが、今回は役に立っていた」「お前の妻のことなどどうでもいい。私は国が欲しい」と言います。
名声も「この戦いは千年も残る」というアキレスに、ヘクトルは「千年も後では我々は骨も残らん」「まるで戦が遊びだな」と吐き捨てます。

そしてこの映画は守られる側の女性ですら、自分のための戦闘であっても常に前向きに「下らない」と否定します。

戦いの前。アンドロマケはあんなに聡明な人なのに、ヘクトルに「行かないで」という。国を、自分を守るためだとわかっていて戦わなければ滅びると知っていても、命がけで戦おうとするヘクトルに対して、彼を勇気付けるような言葉をかけることが出来ない。
アキレスとの戦いで死を覚悟したヘクトルにさえ、安心させてあげるようなことを言えない。こんなことで命を落とす必要はないと思っているから。彼女はこの戦争自体に意義を見出せないから。こんな戦いのためにがんばってなんて言えない。

争いの真っ最中。ブリセイスを守ろうとするアキレスに対して「私のために殺さないで」とはっきりと言う。守ろうと剣を抜いた側は彼女が危険だから、と思っているのに守られる側は「そんなことまでして守ってもらわなくていい」ときっぱり宣言する。
そしてアキレスはブリセイスの要求を呑みます。その顔は「お前は本当にそれでいいのか?」とでもいいたげですが。アメリカ映画でここまで言わせるなんてと思います。

〔この時の二人の戦うモチベーション、「○○を守る為」はそもそも戦争が起こってから発生する理由です。攻められなければ、守る必要ない。戦争なんて本当に下らない、些細な理由から始まり、結局のところ人間が起こすものです。神が起こす天災ではありません。〕

一騎打ちの後。この戦争を引き起こしたヘレンですら「英雄なんて欲しくない。平凡でいいからただ一緒に穏やかに年を重ねて生きたい」と訴える。
この映画も他の作品と同様に、パリスの「愛の為の戦い」についてもっと意義を持たせる事が出来たと思います。パリス自身がメネラウスを倒すことにしてもいいし、足にすがる前にヘクトルが加勢にして倒すことにしてもいい。しかしこの作品はあえてそうしない。愛の為に戦って死ぬと宣言したパリスに「死の恐怖」=「生への渇望」を感じさせて逃走させる。

女たちは戦って守ってもらうことを望んではいないし、頼みもしない。 男たちにしてみれば女(を含めた国)を守ろうと真剣に思っているだろうけど、女たちの方もそんなことはしなくていいと真剣に思っている。むしろそんな戦う必要のない世界を作ってもらう方を望んでいる。

何故って?皆「死にたくて戦っている」訳ではないから。生きたいと切望するから。

これを従来の戦争映画として見た人にとってすれば、「愛の為に戦いに行ってなんて情けない」「戦争を起こした原因のキャラが死なないなんて納得がいかない」「女性がめそめそと泣いているだけで(戦争に)前向きでない」「戦争映画って勧善懲悪であるべきなのに」だから変な映画・不出来だと感じるのかも知れません。取られても仕方がありません。立派な大儀があれば戦争を賞賛する映画ではないのですから。


それから。
これは本当に切実にお願いなのですが、この映画をみて「戦争ってなんて悲惨なんだ」と思ってくださった方へ。確かに「命を捨てるに値する理由なんて無い」=「○○のために死ぬなんて下らない」のですが。だからといって実際に戦地にいる兵士をバカにしないで下さい。

本当に殺すのが楽しくて戦っている人なんて皆無なんですよ。 いやいや行ったり、戦争に意義を見出してない兵士だっているはずです。それこそ無理矢理戦わされる身にしてみたら「すばらしい何か」の為に戦う、と思わないとやっていけないのですよ。

ヘクトルが何故「国の為に戦う」なんて宣言するのか。彼だって戦いたくない、常に戦いを虚しいと感じている。どんな理由であれ。でも戦わなくてはいけない。彼が愛している「国のために」戦うことが立派だと思い込まないと行動できない。
それは欺瞞ではあるけれど、分かっていてそこに蓋をしているのですから。そうして頑張って(戦って)生き残りたいのです。
だからゆめゆめ、兵士全部をひっくるめて責めたり馬鹿にしないでやってほしい。

従来の戦争映画が高邁な大儀を持って描かれる理由も分かります。死んでいった兵士がかわいそうだから、せめて「立派な理由で死ねて良かったね」「貴方の死は栄光に包まれる」と賞賛したいから。意味も無く死んでいったのでは浮かばれないからでしょう。
全ての兵士が納得するとは思えませんが。

兵士が死んで気の毒に思うなら、その死を賞賛するのではなく、むしろ「もう二度と戦争はしません」「貴方のように死んでいく人をこれ以上増やしません」と言ってあげるべきだと思う。そしてそのために行動すべきだと。(確か第二次世界大戦が終った後に、私たち日本人は戦争被害者の慰霊碑にそう誓ったはずなのです。「もう戦争はしません」と。)

私はこの映画に(本当に)入れ込みすぎて「バナは生きているから」とか「プラピは生きているから」とか再認識しないと落ち込みそうな時もあるけれど。実際この世の中であんな風に、父親や妻、子供、恋人を遺して「生きたい」と切望しながら死んでいく人は沢山いる。遺された側が「貴方の死に価値を見出せない」「立派でなくても生きていて欲しかった」と哀しく思っている人もいるでしょう。

これは、飽くまで想像の域だけど、きっとアンドロマケは「ヘクトルは立派に国を守って死んでいった」と思い込もうとするんじゃないだろうかと思うのです。でもきっと無理だろうとも思う。これから一生「あそこでもっと必死に止めておくべきだった」と後悔するのかな、と考えるととても切ない気持ちになります…。

〔話は飛ぶけれど、「ハウルの動く城」の旧キャッチコピーは「あの人は弱虫でいい!」で、私はこれが痛くお気に入り。そんな私は「トロイ」を愛する要素が以前からあったのでしょう。今となってはほのぼのとした「二人が暮らした」というコピーだけれど。〕


あの映画に具体的な神は出てきません。しかし時々「自分達はこの作品世界における神なのではないか?」と感じることがあります。
スクリーン(TV、インターネット)を通じて、ありとあらゆる情報を知り、この場を動くことなく世界の情勢を知り、それこそ3200年前の戦争を知ることが出来る。
しかし、そのせいで「知っているけれど知っていない」「分かっているけれど分かっていない」状態になっている。「戦争なんて自分には全く関係の無いこと」と思っていることすら気付いていないのではないでしょうか?

「戦争は悲惨だ」とか「戦争反対」と思っているだけでは実際の戦争はなくなりません。「トロイ」(に限らず反戦映画)を観て「ヘクトル死んで可哀想」「戦争って嫌だね」と感じても、そこで思考を止めてしまっては「ヘクトル立派に死ねて良かった良かった」「戦争って結構楽しそうだね」と思っているのと表面的には何も変わらない。

本当にこのことを良く考えてあげてね。今でも、どこかで戦争は起こっているのだから。

…あー、「私たちは本当に戦争を知っているのか、理解しているのか」に関してをテーマにしている「パトレイバー2」が観たくなった。これも是非観てもらいたい作品です。

 
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