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■映画「トロイ」考察■

■その八■

アキレスの死を前にして、ブリセイスとアキレスの間には葛藤が生じます。
ブリセイスの方は死を覚悟してアキレスと共に残ることを望みますが、アキレスの方はブリセイスが生き延びることを望み、トロイからの脱出をうながします。でも市街は炎上し、ギリシア全軍が押し寄せてきている。

彼女が無事に生き延びる可能性はほとんどないと悟ったアキレスもまたここで絶望したと思う。このまま死なせるのは不憫でならない、そうさせないためにここへ来たのに、自分はもう守ってやる術を持たない。どちらも絶望の只中にいますが、ブリセイスはそれを受け入れようとしているのにアキレスの方は抗おうとしている。二人の望みは相反している。

どちらもお互いを愛しているからなのですが、ブリセイスは共に死を迎えることを、アキレスはひたすらに生き延びて欲しいと望んでいる。留まろうとするブリセイスに向けて、パリスは「早く逃げよう、逃げ道がある」と言います。

この瞬間、アキレスは絶望の中に希望を見出す。ブリセイスは生き延びるかもしれない、今ならまだ間に合う可能性を得て、彼は最後の希望を持つことが出来る。それにすがるようにブリセイスに何度も「早く行け」と繰り返します。君に生き延びて欲しい、それだけが俺の、俺自身の望みだと。ブリセイスか留まりたいという意思を見せた時、彼の感情的には 満たされたと思う。

ここでアキレスはブリセイスに側にいてくれることを望まない。生きたいと願っているのに、それが叶わず絶望の中で死んでいくのなら、せめて愛するものの腕の中で死ねたら、それはそれできっと幸せだと思う。ましてや女の方でもそれを望んでいる。アキレスが望めばブリセイスはそれを受け入れ、共に死んでくれると思う。でもアキレスはそれを望まず、きっぱりと拒否する。

「これでいいんだ」と何度も言い聞かせながら、この運命を受け入れることをブリセイスに告げている。生きることを切望しながらも、この死を受け入れることを。

結局ブリセイスはアキレスに促されるようにして立ち上がります。
ブリセイスの方もアキレスの願いがわかっているから。彼が自分を死なせたくない一心でここに来たことをブリセイスはちゃんと理解している。敵方の女だと言うのに、命をかけてまで彼はここに来た。であればこそ、彼の願いを受けたブリセイスは、自分の意志で立ち上がり一人で歩き出す。

ここでパリスに引き離されるようにして立ち上がるのではなく、彼女はちゃんと自分からアキレスの元を離れる決意をしている。もしここでパリスに引きずられるようにして去っていく(自分の意志からではなく、もぎ離されるように)ブリセイスであったら、アキレスの想いは理解されないまま別れる事になる。

でも自分からパリスに向かって歩き出す彼女を見て、彼の想いは彼女の中に伝わり、理解されたことをアキレスは知ることが出来る。
どれ程彼女のことを想っていたかを、ブリセイスは受け止めて、自ら生きようとしてくれている。アキレスは、彼のために、生きる決意をしたブリセイスを見て救われたと思う。想いが受け止めてもらえて、そうして彼女が生きのびる可能性を見出したことで。

ブリセイスの腕の中で死を迎えれば、感情的には救われる、でもそれはただの慰め、死に逝くものの感傷に過ぎない。
こうして彼女の人生に希望を見出せることの方が、彼を死の瞬間まで強く支えてくれるでしょう。たとえそれが死をたった一人で孤独に迎えることになっても、少なくとも彼は納得して死んでいくことが出来る。彼の中には最後まで生きていたいと哀しい切望があったでしょう。しかしここで一筋の希望を得て、彼はただ絶望して死んでいくのではないと私は思うのです。

ブリセイスは生きる決意をし、パリスと共に走り去ります。
それはパリスの方も同じことです。一度はトロイと運命を共にする決意をした彼もまた、ブリセイスを無事に逃がすために落城する城から離れようとする。パリスは生き延びて、アキレスからブリセイスを引き継ぐのです。ヘクトルやプリアモスの遺志を引き継ごうと決心したパリスは、この戦争で命を落としたアキレスの希望をもここで引き継いでいる。

この映画のラストは感情的にはホントに納得行かなくて、「何でパリスが生き残っちゃうんだー死んだ人たちがかわいそうだー」と言う気持ちになって、そりゃもう何度監督に心の中でやり直しを要求したかわかりゃしませんが、でもよくよく考えればこのラストなのは当然なのかなという気がします。

なぜならこの戦争を始めてしまった者たちが生き延びて、この悲劇的な終焉後の決着をつけなければならないから。映画を見てる時は「パリスは死んでお詫びをしろ」とか思ってんですが、はっきり言えば生き残ったものたちから見ればそんなのお詫びでも何でもない。感情的には納得するのかもしれませんが、生きて償いをすることの方がよほど理にかなっている。

この戦争で犠牲になった人たちのために、パリスとヘレンは生き抜かなくてはならない。そうして命を落としてしまった人々の無念と、残された者たちの人生を受け止めて、自分たちの愚かしい行動をから起こってしまった戦争の悲劇を償わなければならない。それはもちろん容易いことではないけれど、でも彼らはそれを選ぶと思う。

少なくともパリスの方はこの戦争を通してそこまで大きく変化したと私は感じる。戦争の償いの仕方としては、本当に真っ当な形だと私は思うし、感情的なことを優先してパリスも死んでしまうようなラストにせず、このような結末を選んだことでこの映画は非常に素晴らしいと思うのです。

何べんも言いますが後味は悪いがな。

 
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