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■映画「トロイ」考察■

■その七■

さて、ブリセイスの方は愛を確信したと書きました。
それはアキレスの方も同じです。アキレスはなぜブリセイスをトロイに帰したのか、もちろんプリアモスに再会したブリセイスのトロイを捨てられないと言う気持ちを汲んだというのもあるのでしょうが、彼女の懇願にも関わらずヘクトルを殺してしまったことも大きく関わっていると思います。

このことが彼女を深く傷つけたことはアキレス自身良くわかっている。恨むなと言う方が無理でしょうし、そうでなくても自分が側にいることは彼女を苦しめ続ける。愛するものが自分の家族を殺したと言う事実が彼女の上にいつまでも重くのしかかると考え、自ら身を引こうと考えて、アキレスは彼女を手放したのだと思うのです。

そして死の迫るアキレスを置いてトロイから脱出することを拒み、泣きじゃくりながら留まろうとするブリセイスを見て、アキレスの方も、彼女は恨むことなく自分のことを想っている、愛されていることが確信できるはずです。そして二人の間の溝が解消された今、アキレスは以前抱いた望み、ブリセイスとともにトロイを離れ、故郷の地で共に生きると言う望みをもう一度抱くことが出来る。

皮肉なことに、死が迫ったこの瞬間に。

死の迫るアキレスを前に、ブリセイスは留まろうとします。祖国も滅亡し、愛するものも失われようという状況に彼女は絶望している。彼女のほうにはもう生きる望みが失われているのです。トロイは落城し、ギリシア軍も間近に迫っている今、絶望の中で死を覚悟したのならアキレスの側で死にたいと願うのは当然です。

でもアキレスは違う。彼女はまだ生きている。自分の上には死が訪れているが彼女はまだ生き延びることが出来る。ブリセイスに向かって何度も「Go,Must..」と言い聞かせるシーンはとても胸が詰まります。早く立ち去れと言っているのに、ブリセイスが離れがたく顔を寄せるともうこらえることが出来なくて自分から抱き寄せてしまう。
共に生きる未来だってあった。彼女だってそれを望んでいる、なのに自分はもう一緒に行くことが出来ない、望んだ彼女は目の前にいるのに、自分はそれを手放すしか他はない。

ここでのブリセイスへの執着は、そのまま生への執着、栄光ある死だけを望んでいたアキレスが初めて見せる生への執着です。

私はヘクトルの死とは違った意味でアキレスの死を哀しく思います。

ヘクトルの方はきっともう一度生を与えられたとしたら、きっとまた同じ生き方を選ぶと思います。彼の人生で後悔が全く無かっただろうとはさすがに思いませんが、きっと祖国を守り抜こうとし、同じように行動するはずです。でもアキレスは違う。彼はここで生き延びることが出来たなら、今までとは全く違った人生を選ぶと思う。

死のことばかり見つめていたアキレスが生きることを望み始めたこのときに、生きると言う行為そのものを味わい、愛することもできず死を迎えなければならないことが本当に切なく思う。

ヘクトルは祖国を守り、家族と共に平和に生きると言う望み半ばで死んでしまったことが哀しいです。けれどアキレスは望んだ人生を生きることが出来なかった。つかの間垣間見て、それを切望しながら彼は死んでいかなければならない。どちらも悲しい終わり方ではあるのですがアキレスの方がより淋しい死であると私は感じて、切なく思うのです。

 
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