■課題
アキレスはあそこで死んだことに満足しているとおもう?
ブリセイスを救って、生きる可能性を予感して、あそこで死ぬ一瞬に満足して死んだと思う?
■相当に長いので先に結論
どうか君だけは生き延びてと祈りながら、同時に自分もここで死を迎えるのではなく生きていきたかったと哀しく切望しているんだと思います。
このシーンより前にエウドロスに「帰れ」と言うのは、ミュルミドンのような戦闘それ自体に名誉や栄光を見出す戦士たちには向かない戦闘だだと考えているから「帰れ」と言っているのだと思うのです。何故ならば、これはどう考えても戦闘(=FIGHT。ヘクトルがいうところのゲーム感覚の)ではなくて、侵略です。無抵抗の市民たちを闇に紛れて殺すような虐殺です。
でもアキレスは残る。栄光は得られないような戦いなのに。もう彼の目的は栄光ではなくて他のものだから。エウドロスは「私も一緒に」と言いますが「だめだ俺の戦いだ」と拒否します。もう個人的な(ミュルミドンとは違う)理由で戦うのだから、お前たちが来ることはないということなのでしょう。これは字幕版ですが、吹き替え版ではなんと言ってるか。「(俺には)もう一勝負残ってる」と言っています。
原語もこっちではないかと思います。アキレスはこの戦闘で死ぬか生き延びるかわからないが、これが最後の戦いだと考えている。死ぬにはいい戦いではないことは知ってるし、かといって生き延びたらもう戦わないというような口ぶりです。もうこの時点で彼は戦闘で得られる栄光には興味がない。
このシーンでアキレスはエウドロスに「Beautiful night」と語りかけます。ここにアキレスが生きるという行為を楽しみ出したことが表れていると感じました。
アキレスにとって生きるということは、不滅の栄光とともにある死を勝ち取るための過程に過ぎなかった。言い換えれば、今生きていることの意義なんて考えもしなかった。戦士として良く生きれば不滅の栄光が得られる、でもその「良く生きる」行為自体には興味が持てず、ただその果てにある死のことばかり見ていた。
でも今は夜を美しいと感ずる。今生きている世界を味わうことができる。生きることに興味を持ち出したアキレスは、生きるために戦いだしたのだと。
アキレスはブリセイスを救うためにこのミッションに参加します。そもそもアキレスはブリセイスの何に感銘を受けたかというと、やっぱり彼女の生き様だと思うのです。誇り高く、戦士のような猛々しさで自らの意思を貫くその姿は、アキレスにはさぞ美しく見えたでしょう。それはアキレスが理想とするような戦士の姿に近かったのではないかと。
これは推測ですが、戦場に身を置いていたアキレスは、他人の死に様に感銘を受けたことはあれど、生き様に感銘を受けたことはおそらく無かったのではないでしょうか?戦士にとって戦場でよく生きるということはすなわち雄々しく散っていくことだと思うし。少なくとも女では初めてでしょう。ブリセイス=生とまではさすがに言い切りませんが、アキレスにとっては、生きるという行為自体を読み解く鍵だったんだと思う。
彼女を通してアキレスは生きることに興味を持ち出したのではないかと。価値観がひっくり返ってしまった。死んでからのことにしか興味が無かった男が、いまこの瞬間を生きること自体に意味を感じ始めたのだと。