スパイダーマン3(すぱいだーまん3)

キャッチコピー:
「自分」に挑め。

ストーリー

彼は「決意」する。たとえ「自分」を傷つけようとも…。
ニューヨーク。市民から賛辞を浴び続けるスパイダーマン。ある日突然、謎の黒い液状生命体がピーター・パーカー(スパイダーマン)に取り憑き、全身を黒く染めていく。 黒いスパイダーマンとなったピーターは、その黒いスーツがもたらす新たなパワーに酔いしれるが、今までで感じることの無かった怒りを制御することができない。
彼に何が起こったのか…。
慕っていた叔父を殺した犯人が変異したサンドマンに対する異常なまでの復讐心。スパイダーマンを父の仇と信じ込み、グリーン・ゴブリンの名を受け継いだ親友ハリー・オズボーンとの決闘。未来を誓い合った恋人メリー・ジェーンとの心のすれ違い。悲しき運命の連鎖が、彼を究極の闘いへと導いていく。
そして、未だかつて無かった恐怖がスパイダーマンを襲う。

予告

今回のテーマは「復讐」の様ですね。かつて養父を殺害した犯人への復讐と、父親をスパイダーマンに殺されたと思い復讐を誓うハリー、この二つの復讐劇が一体どのように影響を及ぼしていくのでしょう。またNY市民全員のヒーローだった彼が「一番大切にする女性」が出来たことによって究極の選択を迫られることになりはしないかも楽しみです。
日本版とアメリカ版でデザインが異なっていることが話題となりましたがアメコミマニアの友人曰く「アメコミにはちゃんと『ブラックスパイダーマン』というキャラクターが存在するので実像側が黒いと『ブラックスパイダーマンの映画』になってしまう。日本ではあんまり認知されていないから作品のイメージとして判りやすいデザインにしたのだろう」とのこと。うーんお国柄によっても様々なんですね。

レビュー

お薦め度:.★★★★☆.
続編が三作も続いてクオリティが安定する作品は非常にまれですが、今回はそのごく稀な例にであったようです。
三作目はよりスパイダーマンではなくピーター・パーカーの物語といった印象が強かったです。ピーターとハリー、MJという三人と(というかMJは殆ど翻弄されているだけですか)マルコ・エディというゲストキャラクターで織り成す復讐劇。

ピーターの「小さな不幸ぶり」は相変わらずですが、MJという支え(あるいはピーター=スパイダーマンと知りながら受け入れてくれる人物)の存在は人を強くするものだなあと感じました。
ああいった基本不幸体質は彼自身の性格からくるものなのかと思っていたら、根本的に私生活が順調になっても微妙な不幸体質は変わらなかった(苦笑)

悪い子ちゃんになったピーターは余りにも素っ頓狂な感じで、痛々しくて観てられない(でも観ちゃう・笑)。普通は髪の毛を下ろしたほうが子供っぽく見えるのですけど不思議です。演技力の賜物かしら。

■スパイダーマンの特色。
今回見返して今更ながらに気が付くことは、彼は決して敵役を死に追いやることはないといこと。結果的に自滅したり、最終的には自分を取り戻して最悪の事態を回避する為に命を落としたりするのであって、彼自身が犯罪を犯すものを死に至らしめることはない。

それは生まれながらに特殊能力を持ったり、また諸悪の根源のような対極の敵役がいたり、自分の行動にゆるぎない絶対の自信を持つ、或いは存在証明としての行動が結果善となる他のアメコミヒーローとは一線を引く点であります。
スパイダーマンは固定の敵も存在しない代わりに、スパイダーマンはヒーローとして愛される反面ピーター自身はとことん地味で、はっきりとした善悪の基準もなく、己の正当性は他者の評価に由来する。

ピーターは自分自身に自信を持つような人間ではなりませんし基本ダメっ子ちゃん。女の子にもてたい!なんて欲望を持つアメコミヒーローなんていないし…。事件や事故を解決することにそのこと自体にカタルシスを得ることはなく、マスメディアにもてはやされることによって初めて有頂天になり、逆に編集長に悪口言われると不愉快な気持ちになる。
なんて人間臭いヒーローなのでしょう。

■復讐と赦し。
この作品のテーマは迷うこともないでしょうが、「例え葛藤しても進むべき最善の道は常にあり、人はその道を選択するべきだ」と締めています。

復讐を考え始めた途端に黒い何かに蝕まれる。人というものは誰しも自分の欲望に正直でありたいものですが、力が及ばなかったり、社会倫理いう理性の壁に阻まれたりしてなかなか実行できないものです。

復讐というと、私はどうしても韓国の復讐三部作(『復讐者に憐れみを』『オールド・ボーイ』『親切なクムジャさん』)を連想してしまいます。三部作では、「復讐」を選択することを比較的肯定的に捉え、その感情はどうあっても逃れられないものだと暗示しています。それに対して、スパイダーマンは「復讐」を徹頭徹尾否定しているのが面白いなと感じました。

スパイダーマンは正義の象徴でありますから罪を憎んで人を憎まずであるのは当然でありますし、ピーターは基本小心者ですからブラックスーツの力でも借りなければ復讐なんて大きなことはできっこないのは当然なのですけれど。
ちょっと斜めな見方をしちゃいますが、理性で行動することを重んじるところはアメリカ的な理想思想だと感じました。
というのは最終戦で着地した地点にでかいアメリカ国旗が翻っているところが、なんかまるっきりアメリカの正義の主張っぽい感じがもやっとしたというか何と言うか…。そんなにアメリカを強調しなくてもいいじゃないか、と。

ハリーが死んでしまったのは本当に気の毒です。折角真の意味でピーターともスパイダーマンとも理解し得たのにね。というか執事もせめてハリーが父親がグリーンゴブリンだったと悟った時点で父親の死因を教えてやっても良かったのでは…。
誤解と嫉妬で特殊能力を持った人間同士がガチで痴話喧嘩して死ななかった方が不思議な位ですよ…。実際最初の追跡劇で死んじゃうかと思ったよ…。

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