ホリディ(ほりでぃ)

キャッチコピー:
人生に一度だけ、誰にでも運命の休暇がある

ストーリー

ロンドンの新聞社に勤めるアイリスは、未だに忘れられずにいた元恋人の婚約発表を目の前で見せられ動揺する。一方、ロサンジェルスで映画の予告編製作会社を経営するアマンダは、相手の浮気が原因で同棲中の恋人とケンカ別れしてしまう。そんな傷心の2人は、インターネットを介して出会い、“ホーム・エクスチェンジ”することに。それは、お互いの家を交換し、相手の家具や車を自由に使えるという休暇の過ごし方。こうして、まったく違う環境で2週間のクリスマス休暇を送ることになったアイリスとアマンダ。やがて、アイリスはアマンダの仕事仲間マイルズと、一方のアマンダはアイリスの兄グラハムとそれぞれ出会い、そして恋に落ちるのだが…。

予告

ありゃ、えらく外見の違うお兄さんだなあと思ったらジャック・ブラックは単なる仕事仲間だったのか。予告編に超豪華ホームシアターとDVDコレクションが映っていたから映画オタクなんでしょか。ジャック・ブラック=オタク役と決め付けるのは早計でしょうか?
あとディナーのシーンで9本枝の燭台があったのが気になる。確かユダヤ教徒のシンボルだったような…話の展開に何か関係があるのかしら?

レビュー

お薦め度:.★☆.
もう世間のありとあらゆる人に「よかった」「お薦め」と言われたのに…なんで私はダメなのか。薦めてくれた人ゴメンナサイ。私の師匠はやっぱり薦めてくれた人ですけれど、私が干渉した後に届いた感想メールが「それを先に教えてくれたなら私は絶対見に行かなかったのに」という内容でトホホでした。後に「そんな人がこの映画を見るとは確かに不幸だ。」といわれました。見た私も不幸。映画も不幸。かわいそうなめぐり合わせ。

この作品が良かった人絶対読まないように。

そもそも私がこの作品の何処からダメだったかというと、冒頭の能書きが長すぎる上に実はこれがアイリスのモノローグだったろことでもう脳みそが沸騰。
これが例えば彼女の担当しているコラムの文章だった、とか第三者的モノローグなら我慢できるのですが…。
恋愛に色々な形が有るのは重々承知だし、それを見せるのがこの映画の目的なんだから能書きとか独白が長ったらしいのは興ざめ。

出演しているギャラ個人の一人独白演説だと、私は既にそこでダメ脚本の烙印を押してしまいます。何でカメラワークや演技で今の「状況」を説明せんのじゃ?じゃなかったら小説読んだって同じなんだっつーの。

■アイリスの場合
アイリスの恋が片思いなのか何となく二股なのか元恋人なのかいまひとつ判らない。
映画の中では片思い、と言っているけれど、過去にちょっとだけ付き合ったようなニュアンスのことも言っているし。
別に付き合っていないのだったら婚約発表で怒りをぶちまけるのは一寸痛々しい…。

そもそもこの男のどの辺がいいのかがこれっぽっちも理解できないし、後々まで出てくるキャラクターの割りにペラペラ。休暇なのに電話かけてチェックを頼むことが「私だけがたより!」とぐらつくとのだろうか?でもそれは恋心とはちがうんじゃなかろうか?
まあ恋なんて勘違いかもしれないが。

しかしこの男、婚約して初めてのクリスマス休暇にイギリスに飛ぶって婚約者にどんな言い訳してやってきたんだろう。これじゃあ結婚した後も苦労しそう。(関係ないがトム・クルーズとペネロペが破局したきっかけもクリスマス休暇だったような)
しかも地球を半周してきたと言うところが恩着せがましい。

映画が好きだという割には自宅にはそれにまつわるものが一切何ひとつ無いのも不思議。(だからこそアマンダが仕事から離れて休暇を楽しめるのだろうが。)

アイリスがたまたま知り合った老人がユダヤ人の脚本家という設定も全く意味不明。
アイリスが映画好きだから映画業界の人とお近づきになれて嬉しい、というところを表現したかったのかもしれない。しかしユダヤ人を強調する意味がない。もしかすると1998年に名誉賞をもらったというエリア・カザンがモデルなの?
…の割には彼の脚本した作品に対して詳しくどうこう…というところもなし。
今時の映画を年寄りらしい発想で批判するところが妙に鼻に付く。

アイリスの場合は、何処が恋に不器用なのかというと一度恋しちゃうとそれしか目に入らないところが問題…としているらしいので彼女のバカンスは様々な特殊業界の人と接触を持って視野が広がったという意味では展開として正しいのかもしれません。

■アマンダの場合
私は彼氏が不倫をしたことが原因なのかと思ったので、彼女の何処がダメだというのかが当初全く理解できず。典型的アメリカ人という感じの異様なテンションの高さ(というか高い演技)には引いてしまいました。

クリスマス公開の映画予告をクリスマス休暇直前にチェックするというのが良くわからない。そんなに遅くても問題ないのだろうか?

師匠は「ジュード・ロウ可愛い(から楽しかった)でしょ?」とメールもくれましたが流石に可愛いだけでは誤魔化されるのにも限度が有ります。
しかも理由が後付なのに閉口しました。私は彼が子持ちと知った時点で「こんな小さな子供を放置して朝帰りするような父親は断じて許さん!」と怒り狂っていたので後に「たまたま両親に子供を預けて独身を楽しんでいた」なんて言い訳を後で聞かされても、私の怒りの矛先はどっちに向かえばいいのやら。ムカムカした気持ちを最後まで抱えることとなります。

アメリカ・イギリス間の遠距離恋愛に関してアマンダだけがうだうだ言っているのが気にかかった。別に独身なんだし、イギリスに住んじゃってもいいんじゃないの?だって首都圏まで30分なんでしょ?

多分彼女がキャリアウーマンだから理論的思考が邪魔をするとか職場放棄できない、という発想なんだろうけれど、発想が短絡的。
日本に住んでいたって海外とデータをやり取りしてフライヤー制作している人だっているんだから同じ英語圏ならそれほど問題ないと思うのですが?(国が違うから永住権の問題があるのかもしれないが。)

…でこの作品で最後の最後に至っても乗り切れなかった理由が、来たときは森の小道の手前でこれ以上は(このサイズの)車が入るとUターンできないから自力で歩け、といっている運転手が、帰るときには家の前に車を乗りつけているところじゃ!
行きは「雪の田舎道をハイヒールで歩く一寸場違いなアマンダ」という絵を撮りたいが為の演出だろうがだったら帰りも同じにしろよ。
そういった全体的辻褄が合わない演出する映画は嫌いなんだよ!!

この作品の唯一の癒しはジャック・ブラックの一人ジュークボックスでした。
(でもハンス・ジマーを持ってくるところが微妙に身内受けっぽくて嫌な感じだったけど)

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