オールド・ボーイ(おーるどぼーい)

キャッチコピー:
何のための復讐か。誰のための愛なのか。憎しみに終わりはあるのか。

ストーリー

ごく平凡な人生を送っていた男オ・デスは突然誘拐され、意識を取り戻すと狭い監禁部屋にいた。その後15年もの間、理由も分らないまま監禁され続け、2003年に突如釈放される。一体自分はなぜ、誰の指示で監禁されたのか!? 若い女性ミドの助けを借りて、復讐を誓うデスのもとに現れた謎の男ウジン。彼はデスに5日間で監禁の理由を解き明かせるかという、お互いの命を賭けた「ゲーム」をもちかける。
そこには想像を絶する、恐るべき策略がめぐらされていた…。

コメント(予告編)

「ハリウッドが高額でリメイク権を取得、目下、主演候補にはジョニー・デップやブラッド・ピットの名前があがっている。」…リメイク候補の俳優に大熱狂しました。これはもう行かねばなるまい。

レビュー

お薦め度:★★★★★
「すごいものを観てしまった…」と思いました。

流石韓国、r-15だけあって暴力描写がすさまじい。これだけでもう凹む人もいそうです。個人的にトンカチにブルブルしました…。怖いようトンカチ…。

構成演出の出来のよさに驚きました。やや難解な言葉遊び的要素、同じセリフを使っての異なる感情の表現は、実に私好みです。

前半の復讐相手を見つけるまでの展開はややコミカルタッチです。
15年間監禁され、ただ一方的にテレビと言う媒体から情報だけを与えられ、それに対しての見解を述べても何も返ってこない(要するに自己帰結に頼るしかない)生活を送るとどうなるかと言うことが上手く表現されていると 感じました。

初めて会った人間に対して、視覚と聴覚以外の情報を得ようとするように触感と嗅覚を駆使することや、彼自身のみに語られた言葉に感無量とでもいいたげに復唱するところ。 ある対象物に対して単純な、しかし膨大な知識の羅列を述べたり、自分に起こったことなのに非常に他人事のようなモノローグだったり。

例えばsfでロボットにある対象についての意見を求めた時のロボットの対応。彼の15年ぶりの世間への対応はそれに実に近いものでした。

後半は鬼気迫る展開です。本当に映画を楽しみたい方は読まないでください。
■何のための復讐か
曰く「【復讐は健康にいい】」(ただし、精神は病みますが。)
復讐は生きる糧になります。ウジンが【生きる意味(愛する姉)を失った】後も復讐だけが彼を生かした。

ウジンにとって復讐こそが人生であり、【姉を愛していた】証だったのでしょう。彼だってデスを憎む気持ちが八つ当たり近いことはわかっていると思うのです。しかし、その考えに「復讐を成し遂げる」という蓋をしている。

ウジンは精神が病んでいる。それは彼が彼自身を病ませているに他なりません。

それはデスも同じことです。15年の憎しみをあっさり捨てて子供の元に走ればいいのですが、彼は復讐することを選んだ。デスもまた監禁した相手に復讐を誓うことで己自身を生かしたからです。【ここでデスはウジンのレールに乗っている】。

■憎しみに終わりはあるのか
ウジンの復讐は彼自身も言うように「【砂粒】」に対してありえないほどに徹底的です。 観た当初は「そんなちっぽけな理由で!?」と思ったのですが、よくよく考えてみたら、理屈としては真っ当に通っている気がします。【風評被害に苦しんだ人が、その風評を流した最初の人を知っていたら憎み抜くと思う。

人は言うでしょう「【彼がしなくてもそうなる可能性はあった、遅かれ早かれ皆の噂になる可能性はあった】」と。しかし「【彼の舌が姉を妊娠させた】」ことは彼にとって紛れもない事実です。「【罪の意識のない行為】」がそうならない可能性を削り、【妊娠という「嘘の事実」】を作り上げ、【姉が自殺する】程に苦しませた。

デスが自分のしたことを悪かったと思っていてくれたならウジンもそこまで憎むことはなかったとような気がする。

デスは15年間監禁した間に自分の回顧録をノートにつけます。しかしそのノートには「【砂粒】」の記述(【見たことをいとこに告げたこと】)は書かれていない。何故なら【「砂粒」で「他人事」】だからです。(【くしくも彼はその日からその村を転居してしまいますら、その後にウジンの姉がどんな風評被害にあったかなんて知ったことではない】)

いじめというものは苛められた方は一生覚えていますが、苛めた方が案外覚えていないものです】。
デスや世間にとって「【砂粒】」だとしても【愛するものを死に追いやった】相手を許すことが出来る訳もない。ただもう憎まずにはいられなかった。何よりも彼が【自分のしたことに罪の意識を全く持っていない】ことに、気が狂わんばかりだったことでしょう。

■誰のための愛なのか
これほどの痛ましい愛があるだろうか。
韓国では儒教の思想が根強くてこの愛はご法度中のご法度のようです。だからこの愛はとても衝撃的なようです。そうでなくても充分凹みますが】。そのオチに気が付かなかった訳ではありません。しかし「そうじゃないかも」と思わせる演出が非常に優れています。

ラストで真実を知ったときの「【懇願】」は私の心を打ちのめしました。
彼には「ウジンには絶対に屈服しない」という意思があり、作中にはそのセリフ・演技・演出が連綿とされています。

ここで、【要求されて屈辱に耐えながらの懇願】ならばありきたりの作品でしょう。しかし、【ウジンに要求されることなく、その滑稽さを披露することに仰天しました。自発的にその選択をする、賢明さとその愛の深さに】。

彼が何を守りたいのか、そのためにどれだけ自分の生きる意味(復讐心やプライド)を投げ出すことが出来るのか。「俺を滑稽に見てくれ。笑ってくれ、哀れんでくれ、そして許してくれ」という痛ましさに本当に心が揺さぶられる思いでした。


エピローグ的なラストも非常に優れていると思いました。

デスの復讐劇は完膚なきまでに失敗に終わり、ウジンの「俺達は覚悟の上で愛し合った。お前達にそれができるか」という挑戦状にも彼は完全に屈服します。

憎しみを捨てて催眠術師に救いを求めるところに、彼のミドへの愛の深さを感じます。しかし、記憶を失っているとも、いないともとれる曖昧な終幕です。忘れていなかったとしたら、デスの苦悩ははかり知れません。しかし、忘れたとしてもこの愛が「許されない愛」だと言うことは紛れもない事実に変わりはない。

どの結論に行き着いても、言いようのない後味の悪さを感じました。

■ハリウッドでリメイク
するそうなのですが、きっとかなりお上品になってしまうことが必至です。きっと【蛸も食べてくれない】だろうし、トンカチ(しかも打つ方じゃなくて抜く方が基本)じゃないだろうし、「【懇願】」も至って普通になってしまうのでしょうね…。 そんなの普通だわ、つまらない…。

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