血と骨(ちとほね)

キャッチコピー:
血は母より、骨は父より受け継ぐ

ストーリー

1920年代、日本で一旗揚げようと出稼ぎのため祖国から大阪へ渡った少年・金俊平。朝鮮人集落の中でも特異な存在だった彼は、極道にさえ恐れられていた。自分の蒲鉾工場を構えるまでにのし上がった俊平だが、並外れた凶暴さと強欲さで悪名も高く、家族は怯えて暮らす毎日だった。そんな折、俊平の息子を名乗る武という青年が現れ、金家に転がり込んで好き勝手に暮らし始める。俊平の存在にびくともしない武の姿に、俊平の息子・正雄は羨望の眼差しを注いでいたが・・・運命は過酷な終末を用意していた。

コメント(予告編)

キャスティングだけでも興味の惹かれる作品。演出はとても痛々しそうです。鑑賞後に肉が食べられなくなるくらい。

レビュー

お薦め度:★★★
なんともイマイチな作品です。つまらなくもなく、面白くもない。
私は原作を読んでいませんが、原作にあった「父親の生き方」をただ淡々と追って映像化した気がしました。どこに軸があるのかが読めないからです。

■在日朝鮮人の大正末期〜昭和の生き方
これは要所要所の慶事の際に韓国の風習で行うことで描かれています。しかしそれが韓国民族の内面的な特性を描いていると言う印象はありません。

豚の屠殺をわざわざ入れる意味が判りませんでした。昔お祝い事があると「鳥を潰した」という程度の意味合いや俊介特製の「肉」の製造過程を示すにしても、異様に大げさですし、あれほどに生々しい映像を見せる必要もありません(後ろにいた女性は呻いていた)。

序盤で【戦争から帰ってきた男性が在日韓国人学校で攻められる】下りがありますが、ここが「知ってるでしょ?判ってるでしょ?」的な説明の無い描き方なので「在日」と「韓国人」という板挟みの苦しみが歴史的背景を知らない私にはイマイチピンときません。

これは後半でもいえることです。【「祖国防衛隊」についても触れられていますが、何を理念に活動しているのか、単なる悪がきの悪ふざけ】と何が違うのか理解できません。 なので【当時「共和国」がどんなに魅力的な国だったか、どうして日本を離れて「共和国」に行こうという気になった】のかもわかりません。

時代背景の描き方がイマイチで、俊平が乱暴者なのも、のし上がったのも、家族が不幸の連発なのも「時代に翻弄された」からではありません。

■一人の男「金俊介」の生き方
たけしさん演じる父親「金俊介」の人物像の描き方が足らないような気がしました。
中盤で娘に暴力を振るうシーンで、父親として子供に慕って欲しいのに、娘が恐怖心しか抱いていないことに怒りを覚えています。
また、愛人清子が全身不随になったときに見捨てず介護をするところから俊介にも人間らしい心がある事が伺えます。しかし、その後新たな愛人定子に世話を任せきりにしますし、最終的に清子を濡れ新聞で殺してしまいます。

おそらくその前のうめく清子を彼が見つめるシーンで「何か」を表現しているのでしょうが、「彼女の声にならない要求が理解できるのは俊介のみ」という説明をしている以上、清子が「殺して欲しいと要求している(かもしれない)」というニュアンスをみせるべきだったともいます。
正雄からみたら身勝手な殺人も、行っている俊介には正当な理由が明確でないために、何故介護をしていた清子を殺すに至ったのかが判りません。

■俊介の周囲の人間関係(家族の栄枯盛衰)
タイトルやキャッチコピーで言われるほど母親の存在はアピールされていません。ただただ俊介の横暴さに振り回され、耐え忍び、ひっそりと死んでいった印象です。
モノローグを語る正雄が彼女から「血を受け継いだ」とは思えません。

では正雄が父親の俊介から「骨を受け継いだ」のかというと…それも感じることが出来ませんでした。
傍若無人な俊介は内心、非常に子供、ことに息子に拘っていた様です。
それは、清子に子供が出来ないことに苛立ちを覚えたり、定子との間に男の子が生まれたときの表情からも伺えます。

しかし、ここで疑問がわきます。では英姫との息子であり、この作品でモノローグを語る「正雄」には何か思うところがなかったのでしょうか?

私にはこの作品の散漫さがここにあるような気がします。
登場人物の「正樹」は他の人物と同様に俊介に嫌悪感を感じています。しかしモノローグを語る「正樹」のセリフは非常に淡々と俊介の生き方を語るに留まり、むしろ「自分勝手かもしれないがこんな生き方もあっていいかも」と感じている気がします。
「正樹」の俳優の演技から受ける印象とモノローグの印象が違うために、製作者側が俊介をどのように観客に受け取って欲しいのかが判断できないのです。

■ノンフィクション小説の映画化
実話を小説化したものを新たに映画化したことがこの作品の難点なのでしょうか。この映画は小説「血と骨」を無理矢理ドキュメントタッチにしたような気がするのです。

実話は何か訴えたいものがあって人間が行動しているわけではありません。それを作品化するということは、製作者が何か思ったこと・訴えたいことを表現するために膨大な事実から取捨選択をしてまとめ上げていくわけです。
一度まとまったものをまた新たに取捨選択しているうちに大事な芯の部分を捨ててしまった、そんな印象です。

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