砂と霧の家(すなときりのいえ)

キャッチコピー:
失って、初めて気付いた。求めていたのは、家(ハウス)ではなく家庭(ホーム)だったと。

ストーリー

美しい海と夕日が見える一軒の「家」。亡き父の形見であるその家に住むキャシーは、政府の手違いから家を失ってしまう。
代わりに家を手に入れたのは、政変で祖国を追われたベラーニ元大佐一家だった。愛する妻と息子と共にもう一度幸せを掴むため、アメリカ生活の最後の希望を家に託すベラーニ。一方、孤独な生活を送るキャシーも、家族の思い出が詰まった家を取り戻そうとする。
心すり減らすような争いの果てに、ようやく心通わせる彼らだったが、その先には、あまりに悲しい運命が待ちうけていた・・・。

コメント(予告編)

…あああ、またすれ違いの愛ですか。と予告編を観て思いました。監督は映像作家で今回が長編監督デビューのようですが、色調の統一された美しい映像に興味を惹かれます。他のスタッフもそうそうたるメンバーですので期待したいですね。

レビュー

お薦め度:★★★★
酷い話です。ほぼ(完全じゃないところがミソ)真っ当な行動をしているのにどうしてこんなことに…とやりきれない気持ちになります。何だかあんまりにもやりきれない気持ちになると泣くに泣けないのがよく解りました。

脚本と演出が素晴らしいです。
冒頭で各キャラクターの性格をきっちりと設定・説明し、それを踏まえて、「この人ならばこの次にこの行動をとるだろう」という予測のとおりに話は展開していきます。
「物語は適切に進みながらも、意外な展開を見せていくことに気づいた。これこそ偉大なスリラーの要素なんだ」とこの作品のキャストがコメントしていたのですが本当にそうだと思う。

■キャラクター
キャシー・ニコロは無気力な女性です。乱雑となった部屋や母親との電話の内容から、彼女の置かれた状況といい加減な性格、覇気の無さが伺えます。
キチンと納税免除の手続きをとったなら、もっとはっきりと訴えればいいのにと思うほど、家が差し押さえられる様を茫洋と眺めています。

ベラーニ元大佐は逆に本当に立派な人間ではあります。元々裕福な生活を送っていたにもかかわらず、いやそれだからこそ元の生活に戻ろうと地道に働き、吝嗇家でチョコレートバー一本と食べることにも長い間躊躇するほどです。家族にすら弱さを見せることが無い。
夫人は温厚で従順であります。しかし当初(苦労して得た)家への転居を拒否します。その理由が「家具に傷がつくから」です。私はこのセリフに一寸吃驚しました。夫人に限らずベラーニ自身も、過去の栄光にしがみつきがちである事が良く出ているセリフです。(彼女のこの考え方は終始表現されることに感心しました。)

レスター警官さえいなければ、この話はここまで酷い結末になることは無かったでしょう。最初はキャシーの美しさに惹かれたにせよ、彼女の身を案じ、色々と世話を焼く良い警官のように見えます。
しかし彼は自分自身の正義に過度の自信があって、その為に相手を(例え悪者であったとしても)不当に貶める行為に何ら良心の呵責を持たない。
自らも父親に捨てられた家庭に育ったといいながら、自分が家庭を捨てたことに余り後悔の念を感じていない。彼は自分が体感したことと他人が体感したことを同様に感じる共感力に欠けているように思います。

■ストーリー展開
どの人間も確かに真っ当な主張をしているのにも関わらず両方の幸せは決して並び立たないのです。
キャシーがベラーニを、ベラーニがキャシーを罵る言葉はどっちにも非がなくて聞いているほうは本当にやりきれない。激しい口論にも関わらずどちらの側にもつくことが出来ない。
私は「本当は違うんだよ、相手だって生きるために必死なんだよ」と叫びたくなる。でもそれは世界を均等に見ることが出来る観客だから言えることで、自分とは異なる世界を想像で理解し思いやるという事がどんなに難しいことかを逆に思い知らされる。
だれもが本当の悪意がある訳じゃないのにどうしてこんな悲惨な結果になってしまうのかと思うと本当に凹みます。

私は悲劇的結末な作品を観たら、どうしたらそうならないで済むのか、どうしたら幸せでいられる選択が出来るのかを一生懸命考えます。

キャシーが家に訪れなければよかったのか?それでは家は取られてしまう。
それは出来ない選択。

ベラーニが家明け渡せばよかったのか?それでは彼の苦労は水の泡となる。
それも出来ない選択。

その選択をすれば、家が奪われると言う不幸な結末に向かう以上彼らの選択は至極当然だと思う。

家を没収されないために、確認書類の郵便を確認すること。
たったそれだけのことをしておけば、【ベラーニの息子が死に、夫婦が自殺する】という非現実的な結末に向かわなかった。
普段の生活の中でやってしまう、そんな些細な怠りが結果的にこんな大きなことにまで発展してしまうことに、とてつもなく嫌な後味を感じさせる作品です。

■追記
この作品が優れていると思うもうひとつの点は、さりげなく人種差別に関することを風刺していることです。
ベラーニはイラク人ということで亡命先のアメリカで差別を受けてきた、というセリフを吐きます。アメリカは「人種の坩堝」とは言うものの矢張り人種の差別絶対的にある。
特に面と向かって「白人以外の人種」を差別することはありません。しかし、警官に脅迫されたと訴えるベラーニに警官の名簿ファイルを見せ際、その白人警官は黒人警官の名簿を提示するときに(白人警察のときよりも)若干長いのです。
暗に「やるとしたら、この黒人でしょう」とでもいいたげです。

正義と公正を目指す警察官が、このような些細な箇所で人種差別を滲ませることにベラーニが如何にこの国で辛酸をなめてきたかが伺えるようなシーンです。

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