ヴィレッジ(びれっじ)

キャッチコピー:
その村には、犯してはならない、三つの掟がある――

ストーリー

深い森に囲まれたその村では、人々が家族のような絆で結ばれながら、幸福な暮らしを営んでいる。地上の楽園のような村には、決して破ってはならない三つの掟があった。森に入ってはならない、不吉な赤い色を封印せよ、警告の鐘に注意せよ−。誰が何のために掟を作ったのか、確かなことは誰一人知らないが、村人は森に棲むと噂される未知の生命体を恐れ、自分たちの世界の中だけで慎ましく生活していたのだった。そんなある日、ひとりの若者ルシアスが、村にはない医薬品を手に入れるために、禁断の森を抜ける許可を申し出る…。

コメント(予告編)

雰囲気が美しいのと、村ならではの閉塞感が出ている気がするのでちょっと気になっています。怖いのは苦手だけど、「シックス・センス」と同じ監督なら我慢できるかな。あと「盲目の少女」の演技に期待したいところ。

レビュー

お薦め度:★★★
やや微妙か…うーーーーん??といったところ。

■映像・キャラクターについて
はナイト・シャラマン監督らしくてとても綺麗です。この作品で「赤」が一つのキーワードになっていることもあって全体的な色の気配りが美しい。マットな感じも時代や世界観を印象付けます。

主人公はルシアス・ハント(ホアキン・フェニックス)ということになっていますが…彼を中心に話が進むと言う点で起爆剤的主人公で彼自体はさっぱり活躍しません。

実際にメインに行動をするのは盲目の少女アイヴィー・ウォーカー(ブライス・ダラス・ハワード)。彼女可愛らしい。確かに雰囲気は良いですが、なんじゃその『盲目の演技』は!…と彼女を責めても仕方がない、設定が既にそうなのだから。登場してすぐに杖を持ったまま全力疾走して森の小道をコーナリングされた日には、キャラを間違えたかと心配になりました。つまり都合が良い時は「勝気な性格」(プラス見えない故の無鉄砲)を押し出し、都合が悪い時は「盲目」ゆえの不具合をアピールする。私は一寸納得が行きませんでした。

もう一人の重要なキャラクター、ノア・パーシー(エイドリアン・ブロディ)も期待した(何を?)ほどパッとしたところは有りませんでした。

■ストーリー展開について
序章ともいえる最初のキャラクター紹介的な展開がイマイチ乗れませんでした。性格が見えてくるようで見えてこないといったら良いのか…キャラの紹介とするには強烈なインパクトを覚えるような行動を取ることが無いのです。ただこれはルシアスが主人公なのに無口な性格であること、アイヴィーが盲目だが行動的な少女であること、ノアが目立った奇行を行わないのが原因かもしれません。
そういえば、結局予告編で言われているような「三つの掟の謎」や「7つのwhy?」「ルシアルの色は何色か?」に対する言及も無かったですね。

■最後のオチ・メッセージについて
一つ目のオチはあっさり分かりますが、本オチは「えええーー??」と思いました。このオチに納得が出来る人ならこれは良い作品と言えるでしょうね。私個人としては…納得はいくけれど。…で?と言ったら良いのか。

この実は1897年ではなく現代の孤立した村の話だった、というオチを聞かされて、納得が言った点と言えば「だからアイヴィーは盲目の設定だったのね!」という点だけ。

つまり、村の指導者(彼女の父親)は彼女が「ルシアスを愛しているから」行かせたのではなく、盲目ゆえに「真相をしらないまま村に戻ってこれるから」行かせた。目が見えたら行かせなかったのでないかという疑問が生じました。これでは「愛が世界を動かす」というセリフの重みが無い。世界を動かす=真相を全ての人に明かすならば、同行する青年たち途中で待たせるなんて事をしないはずです。(盲目で一人森を彷徨う行動は愛に溢れていますが…。)

もう一つ、評議会の意図とは及ばない"彼ら"や動物の異様な死体の原因がノアと判明したときも「ああ、だからノアは”大人になっても子供の世界に住む”という設定なのね!」という点だけ。

私にはこの設定、普通の人間の及ばない異常現象を知的障害者に押し付けているような気がして嫌な気分になりました。それはノアがルシアスを殺そうとした点も同様です。

ノアが知的障害者だから嫉妬に狂って殺人を犯す、動物を殺して死体を放置する、"彼ら"の扮装をする。彼の心情の申し開きはこの作品上では一切許されない、何故なら「まともに喋れないから」。どうせ知的障害者だからなんの根拠も無くこんな行動に出るのだろう、と言われているような気がして胸が悪くなる。

この作品「愛が世界を動かす」ということですが。【きっとあの村は葛藤をしながらも変わることないと思う。おそらくアイヴィーは本当の世界を知らないまま戻ってきてしまっただろうから。評議会も、毎日起きる犯罪よりも何年かに一度起こる犯罪の方が物理数的にましだろうという結論に達して。(それはそうだけれど)

結局世界は動かない。何故ならば、「【ノアは"彼ら"に殺されたことにしよう】」と言うから。折角動き始めた世界を止めてしまったから。【この後、ノアの母親が泣き崩れるシーンも実に冷淡(ないよりましか)。盲人と重症人の愛は尊くて、親子の愛はどうでもいいと?

あの村は【現代社会の犯罪から逃れる為の幻の隔離社会です。そんな理想郷のような世界ですら犯罪は起こってしまった。ノアがアイヴィーを想う愛の為に。】もし監督がその点も含めてこのメッセージを述べているのなら私はもう少しこの作品を評価します。しかし、作品上でそこまでの言及がされている印象はありませんでした。

私は「愛の力だけが万能」だなんて信じません。それは憎しみも愛も同じ感情の一つでベクトルが違うだけだから。

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